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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)2922号 判決

原告

中部高架株式会社

右代表者

内田喜之

右訴訟代理人

伊藤淳吉

加藤保三

中野克己

加藤茂

前田和馬

被告

冨士屋ワイシャツ店こと山本壽満子

被告

合資会社丸和洋服店

右代表者

堀田清

被告

株式会社伊藤ゴルフ店

右代表者

伊藤照夫

右三名訴訟代理人

村橋泰志

主文

一  被告山本壽満子は、原告に対し、別紙物件目録記載(一)の建物を明け渡し、かつ金八四九〇円及び昭和五二年一〇月一日から右建物明渡ずみに至るまで一か月金六万二一五〇円の割合による金員を支払え。

二  被告合資会社丸和洋服店は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を明け渡し、かつ金一〇万三三六〇円及び昭和五二年一〇月一日から右建物明渡ずみに至るまで一か月金七万四〇八〇円の割合による金員を支払え。

三  被告株式会社伊藤ゴルフ店は、原告に対し、別紙物件目録記載(三)の建物を明け渡し、かつ金五万一七二〇円及び昭和五二年一〇月一日から右建物明渡ずみに至るまで一か月金七万九四二〇円の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

主文と同旨の判決及び仮執行の宣言

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1(一)  原告は、被告山本壽満子(以下被告山本という)に対し、昭和四〇年九月二七日、別紙物件目録記載(一)の建物(以下本件(一)建物という)のうち同目録記載(一)の(1)の部分を賃料月額坪当たり金四三〇〇円(合計金二万三二六〇円)の約で貸し渡し、当事者間で昭和四五年九月三〇日右部分につき同一の契約条件で更新した。次いで同被告は、昭和四一年九月一日同目録記載(一)の(2)の部分を賃料月額坪当たり金四三〇〇円(合計金一万五九九〇円)にて、また、昭和四六年二月一〇日同目録(一)の(3)の部分を賃料月額坪当たり金四三〇〇円(合計金一万二九〇〇円)にてそれぞれ借り増しを行い、賃貸借の範囲は同目録記載(一)の(1)ないし(3)のとおりとなつている。以上の賃料月額の合計は、金五万二一五〇円である。

ほかに、原告は同被告に対し、昭和四三年一一月一日、同目録記載(一)の(4)の店舗部分を、賃料月額金一万円で期間三か月臨時の約で貸し渡した。

(二)  原告は、被告合資会社丸和洋服店(以下被告丸和洋服店という)に対し、昭和四〇年一〇月三日、別紙物件目録記載(二)の建物(以下本件(二)建物という)を賃料月額坪当たり金四三〇〇円(合計金七万四〇八〇円)の約で貸し渡した。

(三)  訴外東海高架ビル株式会社は、被告株式会社伊藤ゴルフ店(以下被告伊藤ゴルフ店という)に対し、別紙物件目録記載(三)の建物(以下本件(三)建物という)のうち37.913平方メートル(11.47坪)の建物部分を貸し渡していたが、原告は同訴外会社から昭和四〇年八月一日右賃貸人の地位を承継し、同年一〇月三日、右建物範囲を賃料月額坪当たり金四三〇〇円(合計金四万九三二〇円)で貸し渡した。更に原告は、同被告に対し、昭和四四年五月二〇日、賃料月額坪当たり金四三〇〇円(合計金三万〇一〇〇円)の約で本件(三)建物の面積にまで借り増しをしたものである。以上の賃料の合計は、金七万九四二〇円となる。

四 前記各賃料は、いずれも毎月二五日翌月分支払の約であつた。

2(一)  前記のとおり、各被告について、その賃借部分に対する約定賃料額(一か月)は、それぞれ次のとおりである。

被告山本    金六万二一五〇円

被告丸和洋服店 金七万四〇八〇円

被告伊藤ゴルフ店 金七万九四二〇円

(二)  右の各賃料額は、原告と被告らとの坪当たり金四三〇〇円との合意に基づくものである。但し、被告山本に対する臨時賃貸部分(別紙物件目録記載(一)の(4)の部分)は、月一万円の約定である。

(三)  右のとおり、賃料の約定は坪当たり金四三〇〇円であつたが、原告は、被告らからの懇願により、昭和四〇年一〇月三日、同月分以降につき割戻しという形で一階商店街が整備されるまでは右賃料月額坪当たり金四三〇〇円の実施を暫定的に猶予し、右実施猶予中は暫定的に月額坪当たり金三八〇〇円とすることとした。

(四)  次いで、昭和四一年九月一日、同年四月一日以降同年一二月末日までと期間を限つて右賃料月額坪当たり金四三〇〇円の実施を暫定的に猶予し、右期間中暫定的に賃料月額坪当たり金二八〇〇円とすることとした。

(五)  そして、昭和四一年九月一日、原告は、被告らが約定(毎月二五日翌月分払)どおり賃料及び専用費を支払つたときは、昭和四一年四月一日以降同年一二月末日までの分に限り賃料額の五パーセント相当額の割戻をなすこととしたのである。

(六)  ところが、右猶予期間の経過後も被告らは当初の約定賃料を支払わないため、やむなく右猶予賃料にて経過していた。しかし、昭和五〇年一〇月ころに至り、段階的に当初約定賃料に戻すこととし、賃料月額坪当たり金四三〇〇円の期限の猶予を昭和五一年三月末日限りやめ、同年四月一日から昭和五二年五月末日までは暫定的に月額坪当たり金三六〇〇円(金二八〇〇円+金八〇〇円)とし、同年六月一日から右実施猶予の措置は完全にやめることとし、期限の猶予がなくなつたことにより、同年六月一日から当初合意賃料月額坪当たり金四三〇〇円(金三六〇〇円+金七〇〇円)に戻つたのである。

(七)  右のとおり、昭和五一年四月から坪当たり月額金八〇〇円を、昭和五二年六月からは更に坪当たり月額金七〇〇円をそれぞれ付加し、当初約定賃料に戻つたわけであるが、これについての被告らの支払状況は次のとおりである。

昭和五一年四月から昭和五二年五月までの毎月の支払額

被告山本 金五万三六六〇円

被告丸和洋服店 金四万八二四〇円

被告伊藤ゴルフ店 金六万六四九〇円

昭和五二年六月から九月までの毎月の支払額

被告山本

六月から八月まで 金六万二一五〇円

九月 金五万三六六〇円

被告丸和洋服店 金四万八二四〇円

被告伊藤ゴルフ店 金六万六四九〇円

(八)  なお、原告は、昭和四二年一月以降右猶予の期限が到来した後も、入居者個々に対しては勿論のこと、更には入居者によつて構成される名駅商店街組合を通じて、猶予期限の経過により契約金額を支払うよう再三にわたり要求して来たのであるが、入居者の多くが一部の者に付和雷同して契約賃料を支払うことに反対したため、事実上暫定賃料で推移して来たのである。この間原告は、入居者とのトラブルにより原告の業務運営に支障が生ずるのを懸念したため、入居者によつて暫定賃料つまり猶予期間が事実上延引されたというのが実状である。かように、暫定賃料もしくは猶予期間の回復が一〇年後になつたとしても、それは原告が紛争を好まず入居者に事実上延引されて来たに過ぎず、期間の長短はその法律関係の性質を変更するものではない。

なお、本件一階商店街は現在六六件の使用契約件数であり、そのうち昭和四〇年及び四一年当時からの分は三二件であるが、被告らのみが(被告山本の昭和五二年六月ないし八月分を除き)当初契約の賃料を支払わず、他の入居者は全員支払つている。

3(一)  被告山本は、原告に対し、昭和五二年九月分賃料金六万二一五〇円のうち、金八四九〇円の支払をしない。

(二)  そこで原告は、被告山本に対し、昭和五二年九月一三日到達の内容証明郵便をもつて、右金八四九〇円を右書面到達後七日以内に支払うように催告し、右期間内に支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  しかし、被告山本は、右期間内に右金員を支払わない。

4(一)  被告丸和洋服店は、原告に対し、昭和五二年六月分賃料金七万四〇八〇円のうち金二万五八四〇円と、同年七、八、九月分賃料合計金二二万二二四〇円の支払をしない。

(二)  そこで原告は、被告丸和洋服店に対し、昭和五二年九月一三日到達の内容証明郵便をもつて、右合計金二四万八〇八〇円を右書面到達後七日以内に支払うよう催告し、右期間内に支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  被告丸和洋服店は、右期間内に、右のうち金一〇万三三六〇円(各月宛金二万五八四〇円の四か月分)の支払をしなかつた。

5(一)  被告伊藤ゴルフ店は、原告に対し、昭和五二年六月ないし九月分賃料(月額金七万九四二〇円)につき、各月宛金六万六四九〇円しか支払わず、合計金五万一七二〇円の支払を遅滞した。

(二)  そこで原告は、被告伊藤ゴルフ店に対し、昭和五二年九月一三日到達の内容証明郵便をもつて、右書面到達後七日以内に右金五万一七二〇円を支払うよう催告し、右期間内に支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  しかし、被告伊藤ゴルフ店は、右期間内に右金員を支払わない。

よつて、原告は、

(1) 賃貸借契約解除に基づき、被告山本に対し本件(一)建物の、被告丸和洋服店に対し本件(二)建物の、被告伊藤ゴルフ店に対し本件(三)建物の各明渡しを求め、

(2) 被告山本に対し、延滞賃料金八四九〇円(但し、同年九月二一日から同月末日までは賃料相当損害金として)及び同年一〇月一日から右建物明渡ずみに至るまで一か月金六万二一五〇円の割合による賃料相当損害金の支払、

被告丸和洋服店に対し、延滞賃料金一〇万三三六〇円(但し、同年九月二一日から同月末日までは賃料相当損害金として)及び同年一〇月一日から右建物明渡ずみに至るまで一か月金七万四〇八〇円の割合による賃料相当損害金の支払、

被告伊藤ゴルフ店に対し、延滞賃料金五万一七二〇円(但し、同年九月二一日から同月末日までは賃料相当損害金として)及び同年一〇月一日から右建物明渡ずみに至るまで一か月金七万九四二〇円の割合による賃料相当損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(認否)

1 請求原因1の事実について

(一)の事実のうち、被告山本が原告から原告主張のころ、原告主張の建物部分を賃借したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)の事実は否認する。被告丸和洋服店は、訴外東海高架ビル株式会社より本件(二)建物全部を賃借し、原告がその後同訴外会社の地位を承継したものである。

(三)の事実のうち、被告伊藤ゴルフ店が原告主張のころ原告主張の建物を借りたことは認め、その余の事実は否認する。

(四)の事実は否認する。賃料の支払の時期については、当初毎月二五日翌月分払の約定であつたが、その後毎月末日翌月分払の約に変更された。

2 請求原因2の事実について

(一)の事実は否認する。

(三)の事実中、昭和四〇年一〇月三日に賃料が月額坪当たり金三八〇〇円に減額されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)の事実中、昭和四一年九月一日に賃料が月額坪当たり金二八〇〇円に減額されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五)の事実中、昭和四一年に賃料額の五パーセントの割合で割戻のあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(六)の事実中、被告丸和洋服店を除き、昭和五一年四月に右賃料が坪当たり月額金三六〇〇円に増額されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(七)の事実中、被告丸和洋服店の支払状況が原告主張のとおりであることは認める(但し、趣旨は争う。)が、その余の事実は否認する。

(八)の事実は否認する。

3 請求原因3の事実中、(二)の事実は認めるが、(一)、(三)の事実は否認する。

4 同4の事実中(二)の事実は認めるが、(一)、(三)の事実は否認する。

5 同5の事実中、(二)の事実は認めるが、(一)、(三)の事実は否認する。

(主張)

1 昭和五二年五月分の原告と被告らとの間の一か月の約定賃料は、左のとおりである。

被告山本 金五万三六六〇円

被告丸和洋服店 金四万八二四〇円

被告伊藤ゴルフ店 金六万六四九〇円

原告は、被告らに対し、昭和五二年六月分より、被告山本につき金六万二一五〇円に、被告丸和洋服店につき金七万四〇八〇円に、被告伊藤ゴルフ店につき金七万九四二〇円に値上げを要求したうえ、従前の家賃額をその要求額の内払として取り扱い、従前の家賃額と要求額との差額につき、賃料不払と称して契約解除の主張をするもので、不当である。

2 本件(一)、(二)、(三)の各建物の賃料は、被告らの入店当初より坪当たり月額金三八〇〇円となり、またその翌年に更に減額されたものである。それは、百貨店方式の商店街にするという勧誘に基づいて被告らは入店したのにかかわらず、実際には物品販売業者以外の医療機関とか、飲食店・旅行業者等の混在する雑居街の如くになつたことや、入居者がきわめて少なく商店街の態をなさなかつた等のため、被告らを含む入居者が原告と交渉して右賃料を減額するように合意したことによるものである。

原告は、右賃料を暫定的なものと主張するが、不当である。仮に、前記1で述べた各賃料額が「暫定的」なものだとしても、その「暫定額」は、当事者間において合意された賃料額であることは間違いないところであり、その合意を一方的に破棄して、自己の主張を強引に強制できる根拠はない。その「暫定期間」が一〇年に及ぶに至つては、確定した金額といわざるを得ない。

3 被告丸和洋服店及び同伊藤ゴルフ店は、昭和五二年九月分まで前記1の各約定賃料を支払い、同年一〇月分よりそれぞれ右賃料額を供託した。

4 被告山本は、昭和五二年六、七、八月分につき、原告の値上げ要求にいつたん応じて各月金六万二一五〇円を支払つた。しかし、これは、原告が同被告に対し「被告伊藤ゴルフ店が値上要求に応じたから、貴殿も値上げを認められたい」と虚言をもつてだましたので、やむなくこれに応じたものである。

よつて、同被告は、昭和五二年九月二六日付内容証明郵便をもつて、右値上げの承諾を取り消したうえ、同年一〇月分より月額五万三六六〇円を供託した。

三  被告らの主張に対する原告の認否

1  被告らの主張1の事実のうち、原告が被告らに対し昭和五二年六月一日から既に述べた約定賃料額を支払うよう請求して来たことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  被告らの主張2は争う。

3  同3の事実のうち、被告丸和洋服店及び同伊藤ゴルフ店がその主張金額を支払い(但し内入弁済である。)、あるいは供託したことは認める。

4  同4の事実のうち、被告山本が昭和五二年六月ないし八月分賃料を毎月金六万二一五〇円支払つたこと、同被告主張の内容証明郵便が原告に到達したこと、同被告がその主張の供託をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の(一)の事実のうち、被告山本が原告から原告主張のころ原告の主張の建物部分を賃借したこと、請求原因1の(三)の事実のうち、被告伊藤ゴルフ店が原告主張のころ原告主張の建物を借り受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の各事実を認めることができる。

1  本件(一)、(二)、(三)の各建物の存する通称グリーンショップ(名駅商店街)(以下本件商店街ということがある。)は、新幹線高架下の国鉄用地上に、訴外東海高架ビル株式会社が建築した高架下構築物(別紙物件目録冒頭記載の建物)であるが、同会社は、昭和四〇年ころその入居者を募集していた。その後、同年八月一日に、原告が同訴外会社から右構築物に関する地位を引き継ぎ、入居者を募集することとなつたが、本件(一)、(二)、(三)の各建物は、原告の区分に従えば、一階のイ地区(以下単にイ地区という。その余はロ地区となる。)に存し、原告は、募集の際には、同地区については、坪当たり賃料を月額金四六〇〇円、坪当たり保証金額を金二九万六八〇〇円と予定し、その旨募集案内に記載していた。

2  ところがその後、原告と入店者との話し合いにより、同年八月末、原告は前記イ地区の建物については、坪当たり賃料を月額金四三〇〇円、坪当たり保証金を金二九万四四〇〇円とすることに決し、各入店者との間で同年九、一〇月ころ、それぞれ右の条件で賃貸借契約書を取り交した。

まず、被告山本については、原告は同被告との間で、昭和四〇年九月二七日、本件(一)建物のうち別紙物件目録記載(一)の(1)の部分を、賃料月額坪当たり金四三〇〇円(賃料額金二万三二六〇円)、保証金月額坪当たり金二九万四四〇〇円(保証金額金一五九万二七〇〇円)で貸し渡す旨の契約書を取り交し、そのころ同建物部分を引き渡した。

次に、被告丸和洋服店については、原告は同被告との間で、昭和四〇年一〇月三日、本件(二)建物を、賃料月額坪当たり金四三〇〇円(賃料額金七万四〇八〇円)、保証金坪当たり金二九万四四〇〇円(保証金額金五〇七万二五一〇円)の条件で貸し渡す旨の契約書を取り交し、同日同建物を引き渡した。

また、被告伊藤ゴルフ店については、原告は同被告との間で、昭和四〇年一〇月三日、本件(三)建物のうち37.913平方メートル(11.47坪)の部分を、賃料月額坪当たり金四三〇〇円(賃料金四万九三二〇円)、保証金坪当たり金二九万四四〇〇円(保証金額金三三七万六七六〇円)の条件で貸し渡す旨の契約書を取り交し、同日右建物部分を引き渡した。

このようにして、本件グリーンショップは、昭和四〇年一〇月三日に開店した。

3  ところで、前記のように、訴外東海高架ビル株式会社の時から本件商店街の入店者を募集していたが、開業予定の一〇月が近づいても、満店にならず、入居率が六〇パーセント程度であつたことから、入店者らの金四三〇〇円の坪当たり月額賃料に対する不満が大きかつたので、原告は、入居の日から昭和四一年九月三〇日までの間、賃料を各賃貸借契約書記載の賃料(坪当たり月額金四三〇〇円)から坪当たり金五〇〇円を割り引いて坪当たり月額金三八〇〇円とすることとし、昭和四〇年一〇月初めころ、被告らを含む各入店者に文書で通知した。

4  ところが、昭和四〇年一〇月の本件商店街開店後も、入居率は依然として低く、かつ本件商店街が面している名古屋駅西地区の開発が遅れていたことも相俟つて、入店者の賃料に対する不満が大きく、入居者で構成する名駅商店街組合を通じて賃料引き下げの要求が強く出され、翌昭和四一年四月ころから、原告側担当者と同組合役員との間で頻繁に交渉が持たれた。

この間、少数の入居者が賃料を払うのみで、入居者の間に賃料不払の険悪な空気が広がつてきたので、原告は多数の賃料滞納による原告と入店者の共倒れの危険を懸念し、昭和四一年九月一日、前記組合組合長との間で、次のような合意に達し覚書を取り交した。

(一)  賃料は、昭和四一年四月分以降昭和四一年一二月分まで、契約書記載の額にかかわらず坪当たりイ地区月額金二八〇〇円、ロ地区月額金二五八〇円とする。

(二)  所定期日内に賃料及び専用費を納入した入居者に対し、昭和四一年四月分以降昭和四一年一二月分まで、その賃料の五パーセントを各個に割戻しする。

(三)  共益費は、昭和四一年一二月分まで原告の負担とする。

5  前項の組合長との合意に基づき、原告は、それぞれ昭和四一年九月二日付けで、右合意内容を記載した「賃料、専用費の取扱いについて」と題する書面、並びに右合意内容に基づいて計算した「賃料・専用費精算書兼請求書」を作成し、被告らを含む各入店者に送付した。

これに対し、被告らを含む入店者らは、その後それぞれ右請求書に記載された各賃料及び専用費の支払を了した。

6  前二項の賃料(イ地区坪当たり月額金二八〇〇円)は、昭和四一年一二月分までとなつていたので、原告側では、昭和四二年一月以降契約書記載の賃料(イ地区坪当たり月額金四三〇〇円)にすべく、交渉の相手となつていた前記組合と幾度も交渉したが、各入店者の不満の原因である状況は何ら変わつていなかつたので、組合ないし入店者側の抵抗はきわめて強く原告は右金二八〇〇円の賃料(イ地区につき)を全く変更することができず、右の額のまま推移することとなつた。

7  この間、被告山本は、昭和四一年九月一日に別紙物件目録記載(一)の(2)の建物部分を、昭和四六年二月一〇日に同目録記載(一)の(3)の建物部分を、昭和四三年一一月一日に同目録記載(一)の(4)の建物部分をそれぞれ借り受けた(但し、同目録記載(一)の(4)の部分は、賃料月額金一万円、期間三か月臨時の約であつた。)。同目録(一)の(2)、(3)の各建物部分については、それぞれ右各日付で、賃料は坪当たり月額金四三〇〇円、保証金は坪当たり金二九万四四〇〇円とする契約書が作成されており、各契約書による本件(一)建物の賃料合計は、同目録(一)の(4)の建物部分も含め金六万二一五〇円となつている。

また、被告伊藤ゴルフ店も、昭和四四年五月二〇日、本件(三)建物のうち23.141平方メートル(7.00坪)を新たに借り受けたが、同部分についても、同日付で、賃料は坪当たり月額金四三〇〇円、保証金は坪当たり金二九万四四〇〇円とする契約書が作成されている。そして、各契約書による本件(三)建物の賃料合計は、金七万九四二〇円となつている。

右各保証金は、被告山本及び同丸和洋服店において遅滞はあつたものの、最終的には被告三名とも契約書どおりの金額が原告に預託された。

また、原告と被告らとの間の前記2の各賃貸借契約を更新するに当たり、昭和四五年九月ないし一〇月に前と同一形式・内容の「国鉄高架下施設物使用契約書」がそれぞれ作成されたが、賃料・保証金とも、それぞれ前の契約書と同一の額(前者が坪当たり月額金四三〇〇円、後者が坪当たり金二九万四四〇〇円)となつている。そして、右各契約書を取り交すと同時に、原告は各被告に対し、「①契約書六条の賃料月額(坪当たり金四三〇〇円)から坪当たり金一五〇〇円を割引する。②右割引は、入居の日から当分の間とする。」との趣旨の通知書を交付した。

右当初の契約のその後の更新及び借り増し部分の更新に当たつても、原告と被告ら間で、使用期間を除く他の契約条項はすべて従前の「国鉄高架下施設物使用契約書」記載のとおりとする旨の「国鉄高架下施設物使用継続契約書」が作成されている。

8  原告と被告らとの間の本件各賃貸借契約においては、保証金のうちから賃料月額の八か月分に相当する金額を敷金に充当し、賃料の改訂があつた場合には原告は新賃料八か月分相当額まで敷金の増額又は減額を行うものとされ(各契約書第八条)、また、入居保証金のうちから右第八条の敷金相当額を控除したものを、一〇年間据え置き一一年目から一〇か年間に均等に分割して被告らに返還するものとされている(各契約書第四条)。

右保証金の一部返還は、被告らにつき昭和五一年三月から始まり、原告に保留される八か月分の賃料相当額の敷金は、いずれも坪当たり月額金四三〇〇円の割合による契約書記載の賃料額に基づき計算されているが、この点につき被告らから何ら異議は述べられていない。

9  ところで、昭和五〇年八月ころに至り、原告は、前記保証金の返還開始時期が迫つて来たこともあり、賃料を契約書記載の坪当たり月額金四三〇〇円にしようと、入店者で構成するグリーンショップ組合の役員と交渉を開始した。今度は組合の態度も比較的柔軟であり、組合側の希望を容れて、原告と組合役員との間で昭和五一年二月ころ、昭和五一年四月分から一年間はイ地区につき坪当たり月額三六〇〇円、一年経過後は金四三〇〇円とする旨の合意に達した(今回は書面は作成されなかつた。)。

これを受けて原告は、被告らを含む各入店者に対してその旨を通告したところ、被告丸和洋服店を除く他の入店者(被告山本及び同伊藤ゴルフ店を含む)は、昭和五一年四月一日から賃料を坪当たり月額金三六〇〇円(イ地区)とすることに同意し、その割合による賃料を支払つたが、被告丸和洋服店のみはこれに同意せず、右期日以後も坪当たり月額金二八〇〇円の割合による賃料を支払つている。

当初原告は、昭和五二年四月一日からイ地区につき坪当たり月額金四三〇〇円の賃料を実施する旨通告していたが、自らの都合により、右実施を同年六月一日からとすることとし、各入店者に通知して支払を求めたところ、最終的には被告三名を除く他の入店者らは契約書記載の賃料額を支払うことに同意し、その割合による賃料を支払うところとなつた。

被告山本は、昭和五二年六、七、八月分の賃料については契約書記載の賃料額(月当たり合計金六万二一五〇円)を支払つたが、同年九月になり、「被告伊藤ゴルフ店が値上要求に応じたから、貴殿も値上げを認められたい」などと原告が虚言をもつてだましたのでやむなくこれに応じたものであるから、値上の承諾を取り消すとして、同年九月分については坪当たり金三六〇〇円の割合による金五万三六六〇円のみの支払をした。

被告丸和洋服店及び同伊藤ゴルフ店は、昭和五二年六月分から坪当たり月額金四三〇〇円の賃料を支払うことに同意せず、同月分以降、被告丸和洋服店は坪当たり月額金二八〇〇円の割合による合計金四万八二四〇円の支払をし、被告伊藤ゴルフ店は坪当たり月額金三六〇〇円の割合による合計金六万六四九〇円の支払をしている。

二1  前記一の1ないし3の事実経過によると、原告と被告らとの間で、前記一の2記載の日に、同所記載の建物につき、いずれも賃料を坪当たり月額金四三〇〇円、保証金を坪当たり金二九万四四〇〇円とする賃貸借契約が締結されたことが明らかである。

2  ところが、前認定の経過で、賃料を、入居の日から昭和四一年三月三一日までは被告らの賃借するイ地区につき坪当たり月額金三八〇〇円、同年四月一日以降金二八〇〇円としたが、前記一の3ないし5に認定したとおり、右措置はいずれも期間を区切つた暫定的な趣旨のものであつたと認められる。従つて、昭和四二年一月一日からイ地区については当然に約定の金四三〇〇円に復帰する法的性格のものであつたと認められる。

3 しかし現実には、前認定のとおり、その後九年余にわたつてイ地区につき坪当たり月額金二八〇〇円の賃料で推移したので、その間に賃料の約定が右のとおり減額改訂されたと認めるべきかどうかが問題である。そして被告らの本件各賃料が減額改訂されたといいうるためには、結局原告が右に同意したと認めうるか否かにかかるところ、九年余にわたつて金二八〇〇円で推移したことは、その期間内は右金額をその時点での賃料額として原告が取り扱つていたことを示すもので、重要な事情といえる。

しかし、暫定的な措置のはずであつた右金額が昭和四二年一月一日から九年余にわたつて継続されたのは、右期日以降契約による賃料に戻そうと原告が努力したにもかかわらず、本件商店街を廻る客観情勢と入居者との力関係とから、事実上の問題として契約賃料を実施することができず、割引金額(イ地区につき坪当たり金二八〇〇円)を継続するのを余儀なくされたことによると評価するのが相当である。

そして更に、借り増し並びに契約更新に当たつての原告・被告ら間の契約書に、約定賃料として坪当たり月額金四三〇〇円による賃料の記載があつたり、賃料額を含む契約条項はすべて従前の契約書記載のとおりとするとの記載があること(前記一の7)、昭和四五年の契約更新に当たつて、原告が被告らに対し、賃料を「割り引く」が「当分の間」である旨を記載した「通知書」を交付していること(前記一の7)、昭和五一年三月から始まつた保証金の一部返還につき、原告は保留する敷金額を坪当たり月額金四三〇〇円の数字を使つて計算しているが、被告らから異議が述べられていないこと(前記一の8)等の事情をも併せ考えると、原告が被告らの賃料につき坪当たり月額金二八〇〇円に減額改訂することに同意していたと認めることはできないというべきである。

かえつて以上により、借り増し部分についても、原告・被告ら間で坪当たり月額金四三〇〇円による賃料額の合意が成立しているものと認めるのが相当であり(別紙物件目録記載(一)の(4)の建物部分は除く)、結局原告は、契約書の約定賃料の実施を常に意図しながらも、前記の経過でこれを実施することができず、約定の坪当たり金四三〇〇円と金二八〇〇円との差額については当分の間免除するとの意思表示を被告らに対し明示又は黙示ですると共に、被告らが支払う右金二八〇〇円による金額はその時点における賃料として受領していたと認めるのが相当である。従つて、原告は、右免除の意思表示を将来に向かつて撤回することにより、被告らに対し契約書記載の坪当たり月額金四三〇〇円による請求原因2の(一)記載の各賃料を請求することができるものというべきである。よつて、前記一の9の事実経過によれば、被告らはそれぞれ昭和五二年六月一日から右各約定賃料を支払う義務がある。

4  請求原因3の(二)、同4の(二)、同5の(二)の各事実(原告の被告らに対する催告及び条件付解除の意思表示)は、いずれも当事者間に争いがない。

これに対し、原告の右催告にかかる各金員を催告期間内に被告らが支払つたとの立証はなく、かつ、被告らに右債務不履行があつてもそれが当事者間の信頼関係を破壊するほどのものでない特段の事情も認め難いので、原告と被告らとの間の本件各賃貸借契約は、いずれも昭和五二年九月二〇日の経過をもつて解除により終了したものというべきである。

5  被告らの主張3、4記載の供託の事実は、当事者間に争いがないが、供託原因の主張がなく、また、〈証拠〉中、原告が受領を拒絶したとの部分はいずれもにわかに採用できない。

三以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する (岩田好二)

物件目録〈省略〉

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